小豆を主体とした餡を寒天で固めた和菓子のことで、寒天の添加量により、煉羊羹と水羊羹の二種類に分けられる。
基は中国の料理で、“羊”の“羹(あつもの)”で、羊の肉を煮て、ゼラチンで固めたものであった。
日本での初期の羊羹は、小豆を小麦粉と混ぜて作る「蒸し羊羹」で、ここから名古屋名物の「ういろう」が派生している。
天正17年(1589年)に和歌山県の駿河屋で寒天に餡を加え、さお状に固めたものが和菓子としての煉羊羹の始まりで、寒天を減らし、水分を多くした水羊羹が江戸清寿軒で作られたのは、それから200年近く経った1861年のことである。 |
銅鑼焼きと表記され、やや膨らんだ円盤状のカステラ生地二枚に、主に小豆餡を挟み込んだもので、関西方面では「三笠」と呼ばれることが多い。
初期のどらやきは今の「きんつば」に似たものであったが、大正3年(1914年)創業の東京上野の「うさぎや」により、現在の二枚のカステラ風の生地で挟む形となり、全国に普及していった。
どら焼きは漫画「ドラえもん」のドラえもんの好物としても知られ、主題歌から「生地」より「餡」の方が好きとなっているのは有名な話だ。
どら焼きの中身には餡のほか栗や餅、最近では生クリームやカスタードクリーム、カットフルーツが入る生どら焼も登場するようになった。 |
餅から作った皮で餡を包んだ和菓子で、餡の代わりに栗や餅などを入れたものもある。
名前の由来は後撰和歌集の詩のなかに「もなかの月(=古語で満月のこと)」とあり、当時は丸い菓子だった現在の「最中」に「最中の月」という名が定着したらしい。
その後、江戸時代以降に改良が加えられ、円形でないものが出回り始めたことにより単純に「最中」と称されるようになったとされる。
最中の皮(皮種)は一般的には【種屋】と呼ばれる和菓子材料の専門業者が製造し、和菓子屋に運ばれ、餡を詰めて販売しているが、一部の和菓子店では最中の皮の製造も餡と一緒に行っているところもあるようだ。 |